text/photo 土屋 敦
 (C) kisei Kobayashi
11 幸福な仕事
小林紀晴さんと十五年ぶりに会った。
一九九五年、私は週刊誌の編集者となって2年目、『アジアン・ジャパニーズ』(情報センター出版局)という本でデビューした彼に会った。『IN NATURAL』という雑誌にいた友人の女性が紹介してくれたのだ。
そのときは結局、彼の事務所に押しかけて朝まで飲んだ。といっても、意気投合して飲み続けたというわけではなく、誰かが訥々と話し、間があって、また誰が話すことを繰り返し、とてもゆっくりと時間が流れ、やがて日が昇ってきた、という感じだった。夜が明けたときは、朝まで話し続けたことに自分で少し驚いたことをよく覚えている。
彼はその日朝からラジオの収録があるといって出てゆき、残った2人はそのまま事務所に残ってラジオをつけ、さっきまで飲んでいた彼の声が聞こえてくるのを不思議な気持ちで聴き、それからそれぞれに事務所を後にした。
その後二度ほど事務所移転の葉書が届き、私は彼がいない日に、彼の個展を覗いたりした。しかし会ったのはそれっきりである。私は会社を辞め、京都に遊び、中米に行き、佐渡に流れ着いた。その間、彼は写真集のみならず、小説も著し、また広告写真でも活躍していた。
もう交わることはないほど遠く離れていると思っていたから、昨年十一月に文藝春秋の編集者を通じて紀晴さんから取材したいという連絡が入ったときは驚いた。テーマは「幸福な仕事」。佐渡の私の仕事場(といってもただの台所なのだが)の写真を撮り、週刊誌編集者を経て書評と料理を仕事とし、いままた書籍編集に仕事に戻ってきた私の仕事観について取材したいというのだ。
この手の取材依頼はたまにある。だから「なぜ佐渡に?」といったステロタイプの質問への、私のなかでの定型の答えも用意してあるし、その一方で、いくたびかの経験で、いくら語ってもどうせ伝わらないという諦念もある。しかし、紀晴さんが相手なら、そういった定型でない、自分のなかのリアルな感覚が自分のなかからたち現れてくるかもしれない。そう思って快諾した。
久々に会った紀晴さんは、私同様、ちょうど会わなかった年月の分だけ歳を取っていた。違和感も懐かしさもなく、つい先日会ったばかりのような気持ちで、ごく当たり前に言葉を交わした。我が家の台所に本を積み(私は書評と料理が仕事なので、そんな構図になったのだ)、写真を撮る。最近デジカメに変えたばかりだといい、慣れない仕草で構図を変えながらゆっくりと撮影をする姿は、仕事で接するカメラマンたちの、バシャバシャとシャッターを切っては、画像データをMACに無線で転送してその場で周囲に見せるというスタイルとあまりに違い、とても好ましいものだった。被写体となっても威圧感を感じないですむのである。
さらに、外に出て家と佐渡の自然を背景に撮る。「そこで止まって」「少し体を右に向けて」などと短い指示を出すと、ここでは実に簡単にシャッターを切る。彼のなかに構図が明確にあり、迷いがない。写真がキマっているのである。
これは彼が撮ったポートレイトを見て常々感じていたことでもある。それ以外の選択肢がないような形で写真が存在し、どのポートレイトにも彼の刻印が押してある。被写体になってそのことが改めてよくわかった。
思うに、室内の写真は「本と料理」という私の仕事を説明的に表現しなければならないもので、それゆえの苦労があったのだろう。屋外での撮影では、そういった説明から開放されたのだと思う。
さて、撮影後、近くにある、廃校になった集落の分校に案内した。彼は、そこで飼われている、一匹のヤギを見つけ、仕事用のデジカメではなく、フィルムカメラを取り出して撮り始めた。ときどき何か小さな声でつぶやきながら、ヤギに向けてシャッターを切る彼は、すっかり一人の世界に入っている。そして、とても楽しそうだった。写真が好きだ、ということが伝わってきて、こちらまでなんだか嬉しくなってくる。「幸福な仕事」という取材テーマは、むしろこのときの彼にこそふさわしいものだと思うのである。

出版社に編集者として勤務した後、京都を経て新潟県佐渡島猿八に移住。離島の森の暮らしに苦労し、ときに楽しみつつ、文筆業を営む。正確には、雑誌で本を紹介する仕事と、レシピを考えて料理を作り、それについて書く、という仕事を主にする。ときどき編集者として本を作ることもあり、また料理教室をすることもある。五感を駆使した食育の本や、「焼き野菜」のレシピ本、動的なスナップショットの料理写真を使ったレシピ本などを 計画中。2010年9月から畑と山に囲まれた山梨県のとある町に移り住む。
http://allabout.co.jp/gourmet/cookingmen/
著書 『ウケるひと皿』メディアファクトリー/『なんたって豚の角煮』大和書房/
『やっぱり!フライパンだけレシピ』青春出版社/『クッキング快楽宣言』梧桐書院。

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